「考える」と「感じる」を比べてみた話。

こんにちは。コアチューニング認定講師のはるです。

先日「考えて選ぶ必要はないと感じた話。」で感じたままにってどんな感じ〜ってなったので
今日はそれを試した話をします。

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どっちがいい?

私は実家で母と暮らしていて、毎日夕食後に1時間ぐらいお茶してるんですけど、この前はスーパーのコーヒーゼリーが御茶菓子だったんですよね。

冷蔵庫から取り出して、机の上には全く同じ種類のコーヒーゼリーがふたつ。

「どっちがいい?先に選ばせたる」
(いや、いっしょやん。)と思いながら

「えっいいの?どっちにしよかな〜」

とあえて考えて(感じて?)みた。

やってみて、これ結構面白いかもと思った。

自分の中へ感じに行く

いつもなら何も考えずにサッと選んで取っているところ
「私はどっちがいいんだろうか?」
とまずは自分に聞いてみます。

見た目はほぼ全く同じのコーヒーゼリー
なにが良いとかどこが良いとかじゃなくて
「どっちがいいって感じるの?」と聞きに行く。
身体がどう動きたい感じがするかとか、どちらに引き寄せられるかとかそんな感じ。

右を取りたいか左を取りたいか
それは右手でなのか左手でなのか
そもそも今コーヒーゼリーに手を伸ばしたいのか?

こんな考え方の時は自分基準になっている部分が強くて、思考が内へ内へ向かっている。

文字にするとすごい考えてる風だけど、これって自分の感覚を感じに行っているだけで考え込んでいるわけじゃない。

から、あんまり疲れないんですよね。

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頭で考えると基準が外へ出て行く

実際に取って、食べる前にもう一つ試します。

外部情報で考えようとしたらどうなるのか?

もう一度コーヒーゼリーを二つ並べる。意識を見た目に持っていくと、二つを見比べる視界になっていく。
だんだん集中して、周りが見えにくくなってきました。

どっちのほうが、どう良いのか?それはなんで選んでるのか?

目と頭に意識が上がってきて、頭の熱が上がり、思考が自分の外で巡っているのを感じます。

同じように一つのことに集中しているのに、疲れ方とか感じ方が全然違いました。

ちょっと疲れたし、それで良いのかよくわからなくなった。

 

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「感じる」の方が楽で正確

今回試してみて、頭で考えるの疲れるな〜。と思うと同時に、「感じる」で選んだ方が納得感もあるなと思いました。

あっちの方が良かったかも、が少ない。

自分の中の基準で選んでるから、間違えるとかいう感覚が少なくなるみたいです。

だって正解かどうかは自分しか知らないから。

何かに手を伸ばす時、足を運ぶ時、自分の体を動かしているのは筋肉であり、その筋肉を動かす指令をしているのは脳です。

たとえ無意識だったとしてもそこに思考は存在します。

日々、なんとなく無意識にしていることを「感じ」に行ってみると、その思考をもっと感じられるようになってきます。

そうすると、自分の「なんとなく」がもっと信用できるようになってきます。なんとなくって本能みたいなものだから。第六感とか。

外の情報に集中するより、自分に集中する時間を取るのも良いかもしれないですね。