松島幸太朗の両親の国籍や職業は?父とのエピソードに母の教えもまとめ!

ラグビーW杯が始まりました。日本は初戦に勝利!

注目の集まった松島幸太朗選手を見て「ハーフ?何人?」と思った人も多いのではないでしょうか。そう、松島選手はハーフなんです。

今回は松島選手の両親や両親とのエピソードをまとめます。

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松島幸太朗プロフィール

名前  :松島 幸太朗(まつしま こうたろう)
生年月日:1995年2月26日(現在26歳)
身長  :178cm
愛称  :マツ、まっちゃん
出身地 :南アフリカ共和国 ブレトリア
出身高校:桐蔭学園高校

178cm、88kgというのは国際的なプレーヤーとしては小柄ですが、ものすごい加速と鋭いステップで一気に駆け抜ける姿が目を惹く選手です。

開幕戦でも3トライを決める快挙で注目を集めましたね。

パッと見が日本人離れしているので「ハーフ?」「本名?」と思いますが名前は本名
出身こそ南アフリカですがほとんど日本育ちで、流暢な日本語を話されます。

出身高である桐蔭学園高校の監督は松島選手のことを
・シャイで寂しがりや
・人見知りだが根は優しい
・学校生活で悪い評判は一切聞かなかった
と話しています。

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松島幸太朗の両親の国籍や職業

松島幸太朗選手は父がジンバブエ人母が日本人のハーフです。
両親ともにラグビー経験者ではありません。

松島幸太朗の父親

名前:ロドリック
国籍:ジンバブエ
職業:ジャーナリスト

父であるロドリックさんはジンバブエ人。職業はジャーナリストでした。

松島選手は南アフリカ生まれですが、3歳からは東京へ移り住んでいます。
しかしジャーナリストである父・ロドリックさんの拠点は南アフリカでした。
そのためあまり一緒には過ごしていないようです。

ロドリックさんはサッカー好き。それに影響を受けて松島選手も小学生の頃はサッカーをしていたこともあります。
ラグビーに出会ったのは松島選手が中学1年の頃。ロドリックさんが住む南アフリカに1年間留学していた頃です。

母国であるジンバブエで内戦や貧困を経験しているロドリックさんはラグビーにのめり込む松島選手に
スポーツだけではダメだ。勉強しろ。
と厳しく指導しました。教育の大切さを痛感しての言葉でしょう。

父が見ている時だけは姿勢良く机に向かった松島さん(笑)桐蔭学園高校では「松島は授業中の姿勢が良い」と先生から評判だったそうです。

そんなロドリックさんですが松島選手が高校2年生の冬、心臓病で急逝されています。

松島幸太朗の母親

名前:松島多恵子
国籍:日本
職業:社会福祉士

母である多恵子さんは日本人。職業は社会福祉士です。

元々はNGOの研究員として南アフリカの人種隔離(アパルトヘイト)問題に携わっていた多恵子さん。黒人移住区に滞在していたそうです。
この頃に夫であるロドリックさんに出会ったのではないでしょうか。

松島選手を南アフリカで出産し、3歳になった頃東京へ移住。
夫であるロドリックさんは南アフリカを拠点に仕事をしていたので、ほとんど女手一つで松島選手を育てました

現在は社会福祉士として、様々なハンディキャップを抱える人々を支える活動をされています。

人種差別と向き合ってきた経験を持つ母親の教えが自分を導いてくれたと松島選手は話します。どのような教えなのか?次項で詳しくまとめていきます。

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松島幸太朗の母親の教え

「思っていることを、きちんと伝える」

これが松島家の流儀。母の教えでした。

松島選手が小学生の頃、黒い肌をからかうクラスメイトがいました。松島選手は担任の先生に相談。やめてもらえるように訴えたことで、それ以降出自に関わるいじめはなかったと言います。

「多くの子は嫌なことを嫌と言えないんだと思う。僕は母親から『しっかり話せば、周りが変わる』と言われていた。自分だけで悩まず、思っていることを積極的に発信すれば、問題は解決できる」

朝日新聞「未来ノート−202Xの君へ−」より抜粋

「お母さんの肌の色がいい」と漏らしたこともあるという松島選手。これまでにも様々な葛藤をこの教えをもとに乗り越えてきたのでしょう。

そしてこの教えは問題解決だけではなく、人との関わり方にも活きています。
2018年の誕生日、多恵子さんは松島選手に手紙を渡しました。

その美しい肌の色と、キラキラした目と、自由な心がいいね

と記した手紙でした。相手に思っていることを、ちゃんと言葉にして伝えることの大切さを自分の姿を見せて伝えていることがわかりますね。

高校の監督が「松島選手の悪い評判を一切聞かない」と言った理由はこういった教えがあってこそなのではないでしょうか。

まとめ:松島幸太朗と両親

松島幸太朗選手はジンバブエ×日本のハーフでした。
ジンバブエ人である父と日本人である母の元に生まれ、肌の色や父との別れなど様々な苦労を乗り越えて活躍されているんですね。

ラグビーW杯、オリンピックにも期待の選手です。

最後までご覧いただきありがとうございました*

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