江藤拓の評判や派閥は?父親や息子など家族についてもまとめてみた!

第4次安倍再改造内閣が発足しました。
安倍内閣過去最多の13人が初入閣となっていますね。

その中でも農林水産大臣には江藤拓さんが就任しました。
農林水産を専門として第2次安倍内閣では副大臣でした。
今回は江藤拓大臣の評判や派閥、家族についてまとめました^^

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江藤拓プロフィール

江藤 拓(えとう たく)

生年月日:1960年7月1日(現在59歳)
出身地 :宮崎県門川町尾末
趣味  :釣り、スキー、居合道、ゴルフ、バイク
特技  :空手、アイスホッケー
座右の銘:愛郷無限
所属政党:自由民主党
当選回数:6回

他にも江藤拓さんの学歴は
高校は宮崎県立宮崎西高校を卒業
大学は成城大学経済学部経済学科を卒業
その後はハーバード大学国際問題研究所客員研究員となっています。

高校・大学ともに偏差値の高いところへ進学され、ハーバード大学へも行かれているので英語も堪能なのでしょう。

これまでには農林水産副大臣内閣総理大臣補佐官を歴任されています。

江藤拓の評判

まず江藤拓さんの評判から。
農林水産大臣に就任したことについては概ね好意的な意見が多いです。

この理由はこれまでの経験から農水行政に強いと思われているため。

特に有名なのは2010年に起きた口蹄疫の流行問題への対応です。

口蹄疫(こうていえき)流行問題とは?
家畜伝染病である口蹄疫が宮崎県を中心に広まったもの。
口蹄疫は家畜の伝染病の中では最も伝染力の強い疾病であるため、牛、豚、水牛などが大量に殺処分され、畜産関係の損失は1400億円を超えた。
ヒトに感染することは稀であり、感染したとしても大事には至らないとされる。
終息までにおよそ4ヶ月の時間を要した。

この当時は政権与党であった民主党の動きが悪いことが問題となっていました。
そこで当時野党だった江藤拓さんが中心となって東京と宮城を駆け回り、農水省や関係各所に働きかけ、なんとか収束。
現場の声に真剣に耳を傾けてくれた、寄り添ってくれたという口コミも多数あります。

議会では「民主党に現場の本当の苦しみをわかってほしい」と訴えました。

この当時の江藤拓さんが酪農家の方々のために奔走していた姿を知る人からは
大臣になってくれて嬉しい」「適任だ」「農水の専門家としての手腕に期待
などこれからに期待するといった意見が多く、評判は上々。

最近ではこの経験を活かし豚コレラの流行問題の解決を期待する声も多々みられます。

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江藤拓と派閥

派閥とは同じ政党の中でも、細かい部分での意見が近い人たちの集まりです。
有力議員が作った派閥に属することでメリットがあったりします。

江藤拓さんは現在無所属

しかしここまでに派閥に属していた頃もあります。

  1. 2003年:初当選。自由民主党に入党し亀井派閥に所属

  2. 2007年:自民党離党後また復党。亀井派閥の系統を継ぐ伊吹派閥に再入会

  3. 2010年:伊吹派閥退会。ここから2019年現在まで無所属となる

最初に「亀井派」に所属したのは
父である江藤隆美さんが会長を務めたことがあるのが大きいです。

しかしそこから7年後、江藤さんは派閥を退会し無所属に。

この理由は自身のブログで綴られています。

衆議院選挙の敗北後、私も党内改革を厳しく訴え続けてきました。
しかし、そこで常に私の心にあったのは自民党の最も古い体質と言われる派閥に自分が在籍しているという事でした。 国民の皆様の期待に応えるためには、今まで以上に発言し行動せねばなりません。 自民党には更なる変革が必要です。−略− あくまでも将来の日本の政界の再生を目標に努力して参ります。(江藤拓 日常活動報告より抜粋)

退会後は当選回数の少なく大臣経験者のいない「新世紀」というグループを立ち上げて活動されていました。全員フラットで自由な政策議論、党改革議論が出来る場に身を置くようにしたのです。

一方新世紀が肥大化し派閥的要素を持つようになったら即退会としているので意思の強さが伺えます。

そして現在は創生日本という議員連盟に属しています。
日本の政界の再生、ぜひぜひお願いしたいですね。

江藤拓の父:江藤隆美

江藤拓さんが亀井派閥に所属する理由ともなった
父:江藤隆美さんも元衆議院議員。

過去に建設大臣、運輸大臣、総務庁長官を歴任した実力議員です。

中でも有名なエピソードとして成田空港問題との関わりがあります。

成田空港問題とは?

成田国際空港の建設に関連した様々な社会問題の総称。
代表となるのは三里塚闘争。空港建設のための民有地の土地取得問題や騒音問題などをめぐり、地元住民が猛反発。機動隊が出動するほどの事態にもなった。

当時運輸大臣であった江藤隆美さんはこの問題に対し、現地に足を運び公に謝罪を行ったことで有名なのです。

私を殴って気がすむならそれで結構。誠実に皆さんの気持ちにこたえたい」と切り出し、反対派との会談は1時間半にも及びました。

百姓の家を出ている江藤隆美さんは後にこれを振り返り
「死んでも土地を守るのというのが本当の農民。農民が売らないから空港ができないという考え方は大きな誤り。空港問題をこじらせた責任はむしろ行政の方にあると思っていた
と話しています。

行政の非も認め、国民のためを考えて発言権を使用する姿勢は口蹄疫問題の江藤拓さんを思い起こします。この姿勢は父親譲りなのかもしれませんね。

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江藤拓には息子が3人

そんな父を持つ江藤拓さんは結婚していて息子が3人います。

長男:翔
次男:悠
三男:健

父親と同じく全員漢字1文字で統一されているんですね。
長男は1992年生まれでもう成人されているそう。

3人ともに小学校の頃空手を習わせていました。
現在まで続けているわけではありませんが、江藤拓さんの特技が空手なのでその影響でしょうか。

江藤さんはコラムにて


経済至上主義の世の中にあって、自らの弱さを知り、その克服のために武道を学ぶことは、きっと子どもたちの将来につながると信じています。武道を通じて本当の強さに目覚め、「真のやさしさ」を子どもたちが身につけてくれれば、と願って止みません。

と綴っています。

まとめ:江藤拓について

江藤拓さんは父親も議員の2世議員で、父親が百姓の家の子であったためか親子揃って農水の専門家とも言える実力を持っているようですね。

江藤拓さんの熱い政治活動は父親譲りのように感じるので、息子さんたちにも期待です。

とにかく今は、これまでの経験をフル活用していただき豚コレラ流行問題の早期解決を期待したいと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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